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■”11月1日解禁”
[麦]40°「百年のボトル」
 <ガブリエル・ガルシア=マルケス 追悼記念>
限定販売
宮崎県 黒木本店
500ml 300,000円(税別)


「百年の孤独」の由来となった小説『百年の孤独』の作者ガブリエル・ガルシア=マルケス氏が2014年4月17日に逝去されたことが発表されました。
黒木本店では追悼の意を表し、また偉大なる功績を讃えるために、プレミアムバージョンの百年の孤独、「百年のボトル」を限定発売することに致しました。

1885年(明治18年)に創業。
そして1985年(昭和60年)、創業からちょうど100年目という節目となる年に本格麦焼酎「百年の孤独」を発売。

「百年の孤独」の名はガブリエル・ガルシア=マルケス氏の小説『百年の孤独』へのオマージュから付けられました。
長期熟成という「百年の孤独」の特徴は樽の中でひとり静かに熟成する焼酎の姿を思わせ、また、焼酎やお酒の持つロマンチシズムは小説『百年の孤独』で描かれる幻想と現実の混ざり合う世界にも通ずる。
そんな思いが「百年の孤独」という名には込められています。

門外不出の特別なブレンドによって製造された「プレミアム百年の孤独」は、黒木本店の長い歴史の中でも最も希少価値があり、通常の百年の孤独と比べてもあらゆる点で手の込んだ製法で製造されています。
「プレミアム百年の孤独」は、225リットルのミズナラ樽と110リットルのフレンチオーク樽という小ぶりの樽で貯蔵します。
小ぶりの樽では多量の焼酎を貯蔵することはできないため、生産効率は低下します。
しかし、木と焼酎の接する比率が高くなるため、芳醇な香りが生まれやすくなります。
この小ぶりの樽で熟成させることで、しっかりとした骨格のある、強い味わいに仕上がります。
熟成期間も長期にわたり、ミズナラ樽では10年以上、フレンチオーク樽では5年以上熟成。
さらには黒木本店で所有する蔵の中で最も古い、27年もの間熟成させた焼酎もブレンドしています。
この焼酎には史上で値段の付けられない程の希少な価値があり、「秘蔵」という言葉がこれほどまでに相応しい焼酎はありません。
まるで「百年のボトル」のために蔵の中でずっと眠っていたかのようです。
この3種類の焼酎をブレンドすることによって生まれたのは、甘味と苦味の余韻が長く続くしっかりとした味わいと、樽と麦焼酎が織りなす複雑な香り。
ヴァニラ、ココナッツ、チョコレート、キャラメル、バナナ、青リンゴの香りが混ざり合う、華やかな芳香が口の中に広がります。
また、ミズナラ樽の持つ独特の香りが香木を思わせ、ガブリエル・ガルシア=マルケス氏の追悼にふさわしい焼酎が完成しました。
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復刻された100年前のボトル
黒木本店では、ガブリエル・ガルシア=マルケス氏の追悼にあたり、プレミアムバージョンの「百年の孤独」を特別製造し、そのボトルをフランスの世界有数のクリスタルブランド「バカラ」に依頼しました。バカラは黒木本店の依頼に対し、「百年の孤独」の発売の100年前に当たる1885年に発表されたデカンタの図面を探し出し、「百年のボトル」のために復刻させました。バカラが日本のお酒のために特別な製品を提供することはその長い歴史の中でも初の試みです。
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百年前の図面
今回の黒木本店「百年の孤独」のために制作されたボトルは、バカラが初めて日本のお酒のために制作したものです。
バカラにとっては大きなチャレンジであったとともに、必然とも言える出会いでもありました。
特別なボトルを制作するにあたり「百年」というキーワードを重要なコンセプトにおきました。
バカラのアーカイヴには、その250年にわたる歴史の中で制作されてきた作品のオリジナル図面が20万点以上保管されています。
その中から、焼酎「百年の孤独」が発表された年の「100年前」、つまり黒木本店の創業の年である1885年に発表されたデカンタ(ボトル)の図面を探し出しました。1885年は19世紀半ばよりパリで開催されてきた万国博覧会でグランプリをはじめとする数々の賞を受けたことからバカラの名が世界に知られるようになり、各国からの特別注文に応えることでさまざまな美術様式を取り入れ、また制作技術にさらに磨きをかけていた時代。
そのような時期に作られた数々の作品の中でもきわめてシンプルでモダンなデザインがひときわ異彩を放っていたのが今回制作されたデカンタです。
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デザインと制作工程
フラットな面で構成されたピラミッド型のフォルム、装飾を排してクリスタルの素材の美しさをいかした潔いデザイン。
それは、焼酎づくりに専念する黒木本店にふさわしいものであり、刻印するブランドロゴにもふさわしいものです。
また、元のデカンタは「オベリスク」という記念碑をあらわす名前がつけられていました。
ガブリエル・ガルシア=マルケス氏への追悼として発表される特別な「百年の孤独」のボトルとしてあらかじめ用意されていたかのような必然さえ感じられます。
今回その「オベリスク」を復刻制作するにあたっては、100年前の図面のみならず、当時使われていたモールド(クリスタルを成型するための型)が発見され、修復した上でそれをそのまま使用しています。
熱く溶解されたクリスタルはそのモールドで成形され、徐冷された後、職人の手でひとつひとつカットが施され磨きあげられます。
そして最後に黒木本店のロゴマークがサンドブラスト(細かい砂を吹き付けてクリスタルの表面に刻印を施す手法)によって刻まれます。
シンプルなだけにクリスタルの透明感や輝きが際立つこのデカンタには、バカラが長い時間をかけて培い、継承してきた高度なノウハウが込められています。
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バカラの起源
バカラは1764年、ルイ十五世の認可を受けて、パリから東へ400キロ、フランス東部ロレーヌ地方にあるバカラ村に創設されました。たび重なる戦争で、疲弊しきっていたこの地を当時のロレーヌ地方の統治主であったモンモランシー・ラヴァル司教が憂い、豊かな水と森林という好条件を備えたこの地の復興のために、ガラス産業を発展させようとしたのがはじまりです。
以来、「最良の素材、最高の技術、そしてそれを継承すること」という初期の基礎を築いたピエール・A・ゴダール・デマレの理念に基づき、バカラは三世紀にわたり、一貫して至上の美を求め続け、高級クリスタルの代名詞とまで言われるようになりました。
人口約5000人のバカラ村では親子三代がバカラで働いているという例も珍しくなく、現在に至るまでバカラのクリスタルはこの小さな村の工場でつくられています。

最高の技術
バカラの素材や技術の素晴らしさは、フランス大統領より与えられるフランス最優秀職人(M.O.F.)と呼ばれる栄誉ある称号をこれまで50名以上もの職人が受けていることにもあらわれています。現在も現役で活躍するM.O.F.の数は18名と、フランス国内の一企業としては最多であり、熟練した職人の技術の継承に多くの力を注いでいるバカラならではのこと。美しく深い透明感を持つバカラならではのクリスタル素材と、カットやエングレイヴィングによるダイナミック、あるいは繊細な装飾、そしてその効果によって生み出される光の屈折。さらに丁寧な仕上げによる滑らかな質感もバカラの特徴のひとつです。
バカラクリスタルは、今日でもそのひとつひとつが成形から検品まで、M.O.F.をはじめとする多くの職人たちの手を経て生まれています。

焼酎一筋―黒木本店の焼酎造り―
明治18年、蒸留釜から最初の一滴が滴って以来、黒木本店はひたすら焼酎造りの道に精通してきました。
焼酎造りに込める黒木本店の想いをひとことで言い表すなら「焼酎一筋」。
そこには焼酎だけを造り続けるのではなく、焼酎という、土地に根ざした伝統文化を守り、継承していくという意志も込められています。
だからこそ、黒木本店は農業から焼酎造りを始めます。
土を耕し、種を蒔き、栽培から収穫まですべてを自分たちの手でおこないます。
さらに製造過程で生じる廃棄物は有機質肥料として有効利用し、自然の恵みを自然に還す。
それが黒木本店の焼酎造りです。
焼酎造りは伝統文化であり、黒木本店は文化の継承者として焼酎造りの理念を徹底して守り抜きます。一方で焼酎造りにおいて、つねに前衛と変革を志すため研究開発を怠ることなく、最先端の醸造技術を積極的に取り入れています。
どんなに合理化と効率化が進んでも、最後に焼酎の味を決めるのは人。人の目、人の手が焼酎を造ります。原料の選別。麹造り。もろみの仕込み。蒸留。そのすべての工程に人の手が介する。それが黒木本店の焼酎造りです。
人の手による焼酎造りは南九州の文化遺産でもあり、それを継承していくことは醸造者の責任でもあります。
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